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2003.12.27(土) ■12/23、立大富士見グランドで川越高校と対戦。 |
2003.12.16(火) ■高校試合結果 をアップしました |
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2003.11.25(月) 50周年をきっかけに再結束を果たしたラグビー部OB会。その後5回の幹事会を開催、年代幹事の協力も得てOB名簿もなんとか完成。先月「OB会名簿・OB会費自動引き落としのお願い・口座振替依頼書・返信封筒他」を発送しました。 50年の幅広い世代の会員が「高校ラグビー部」の共通
項でつながり、感謝の気持ちをもって相互親交を深め、現役支援など更なる会の成熟・発展を図るため、かつ会員の皆様に過大な負担のかからない程度の金額として総会でご承認いただいた規則です。 ■2003年立教高校ラグビー部OBクラブ会員名簿 03.09.16更新 |
2003.11.25(月) 広石主将のもと、新チームがいよいよ本格稼動!
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■中学試合報告をアップしました。 |
■「あのOBは今…」に奥富 雄一が加わりました。
2003.09.27(土)
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2003.09.16(月) 一年の集大成となる全国大会(花園)予選がいよいよ始まります。 http://www4.ocn.ne.jp/~hsrugby/ |
2003.09.16(月)
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2003.09.01(月) |
2003.08.18(月)
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2003.07.30(水)
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2003.07.30(水)
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2003.07.14(月)
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例年の菅平合宿のスケジュールが以下の通
り確定しました。 1次合宿(中高合同) 2次合宿(高校単独、中学希望者) |
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2003.06.07(土)
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6/7(土)放課後15:30より学習院中学と練習試合を行った。 |
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2003.05.25(日)
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立教新座高校フィールドにて「立教(新座)高校ラグビー部OB・芙蓉ラグビー部混成チーム×現役・コーチ連合チーム」の記念試合を開催した。
当日は天候に恵まれ、斉藤OB会長はじめ50名以上のOBが大集合。槇先生・前田先生にも参列・観戦頂いた。斉藤会長の開会宣言に続き、メインの記念試合キックオフとなった。 試合は「歴代名プレーヤー(?)」+「動ける若手OBたち」が大活躍!懐かしのポプラ並木に見守られながら爆笑プレーの連続でもあった。 現役優勢の展開ながらOBチームも「メンバー交代」をフル活用しながら善戦。一時はリードも終了直前、現役・コーチ連合が意地のトライ・ゴール!劇的ノーサイドと相成った。 (本当に疲れ様でした。大きな怪我もなかったようで・・・) 高校卒業以来、ラグビーから遠ざかっていたOB、奥様・お子様連れのOBも多く参加いただき、立教(新座)高校ラグビー部への思い入れの奥深さ、伝統、結束も確認するとともに「ラグビーの魅力」も改めて確認した一日でした。
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−OB総会開催 パーティーに先立ちOB総会を開催。今回新たにOB会規約が起案、承認された。また会長以下、新スタッフ・年代幹事(23人)も新たに選任。今後のOB会の活動について説明と意見交換がなされた。(規約・幹事もご確認ください)尚、次回幹事会は7月4日開催予定。 |
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飛び入りで余興まで盛り上がる中、最後は参加者一同で円陣を組み、立教大学ラグビー部4年生安彦OBのリードで「立教!ファイト!!」のエール、お開きとなりました。 後日談になりますが前田先生から「時間がたつのが早すぎて話ができなかったOBが沢山!折角の機会なのに本当にもったいなかった!でもありがとう!」とお言葉を頂戴しております。 この50周年、OB会では「新たなスタート」と位 置づけています。OB同士一層の親睦を深めるとともに新しいOBとのコミュニケーションの場として、そしてなによりも現役の強化、花園出場をサポートすべき活動を続けていきたいと考えています。 <今後も是非盛り上げていきましょう!正月、花園でOB会開催を夢見て!> 当日配布した大宮司先生の回顧録、その他総会資料などもご確認ください。
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≫思い出 |
思 い 出 ラグビー部第3代部長 大宮司 時四郎 今回、ラグビー部創設50周年を迎え、皆さんと共に心から祝意を表したいと思います。立教高校ラグビー部は、昭和26年に創設し、歴代の部長に故小木鐵彦先生・森田利光先生・大宮司時四郎・前田忠明先生・宮川久先生と創設期以来継続されて今日まで来ました。私は、立教高校が池袋校舎の最後の年(昭和34年)から体育教師として迎えられ・・・それから僅か一年たらずして、学校が現在の新座の地に移転することになりました。校長をはじめとして諸先生方・生徒達は気も心も開拓心で燃えていました。昭和38年度からは立教高校では、学校教育の中のスポーツとして柔道・ラグビーを教材に取り入れました。私は両教材に関わり、私なりに育てあげる気風に意欲を燃やしていました。そしてなおも部活動の範囲までも森田部長から引き継がせて頂き、多難の道を覚悟の上で部長を引き受けました。部を作る以上は優勝を目標に掲げていたものでした。はじめは、10名程度の部員・・・とても試合の出来るものではありません。その内に、ラグビー授業で味をしった生徒達が年々少しずつ入部して来るようになりました。それでも3年ぐらいは、試合に出場しても一回戦で敗戦することが多かったと思います。試合直前に人数が揃わなくて棄権したり、相手高に迷惑をかけることもあり、大会前の顧問会の席上で、ある学校の部長から立教高校はラグビーをやる柄ではないよ、坊ちゃん学校だからなー・・・と云われてしまいました。その後、実施校も8校から16校に増し・・・その頃は私も若かったし、今にみておれ必ず気力に満ちたたくましい立教生を育成してやるからと決意しました。思えば、日の照りつける炎天下のもとに、苦しかった夏期合宿がある。仙石原の合宿・千葉県保田の合宿・群馬県猿ヶ京の合宿・茨城県大洗苑の合宿と皆様方には、それぞれの活気溢れる生活の思い出は、一生ついて忘れないことでしょう。昭和41年1月16日慶応志木高に17対6で初勝利をしてみんなでうれし泣きをしました。42年には、深谷商業・川口工業・浦和高校にも勝てるようになりました。部員数も40名程に増し、苦しい時にも何くそと反発する精神が芽生えてきました。昭和44年2月23日新人戦7戦全勝の成績をあげ、長年の宿願であった優勝の偉業を成し遂げたのです。荒川の土手に陣取った立教応援団の声援と太鼓の響きは一段とその場を盛り上げてくれました。木村充キャプテンが初めての優勝カップをしっかり抱いて、全員で肩を寄せ合った思いは目標達成の感激でいっぱいでした。昭和45年4月にも学徒総合体育大会兼大18回関東大会権予選会の決勝で対秩父高校に16対10で勝ち優勝と関東大会(前橋)の出場権を確保しました。5月24日対東海大相模高校に12対5で勝利する。同年9月19日県民体育大会決勝戦で対朝霞高校を11対6で破り優勝する。同年11月28日第50回全国大会権予選決勝戦で対朝霞高校に24対3で負け夢は敗れ去った。昭和46年9月11日、県民体育大会兼国体予選会決勝戦で対朝霞高校に21対12で破れる。第51回全国大会県予選会にむけて今年こそは強化合宿(23-27)を計画し、この一戦を最大目標として練習を重ねて来ました。予定通 り決勝まで進み昨年同校対決となりました。11月28日熊谷荒川運動公園ラグビー場午後1時のキックオフで行われました。前半12対12の同点、後半16対0で負けました。最大の目標であった花園の夢は再び敗れ去ったのです。多難の道・苦難の体験・待望の優勝杯を手にしたこと等・・・。この輝かしい戦績を残し得たことは、日頃のたゆみない練習の汗と涙の結晶である。又この戦績の陰には、多数の先輩や立大ラグビー部員の技術面 の御指導を賜ったためと・・・、部員一同激しい練習に身を打ち込んで来たからこそ・・・この戦績を獲得出来たのであって、決して一朝一夕になる生易しいものではない。私のラグビーに賭けた九年間の生活は、誠に苦難の連続であったと共に躍進の年でもあったと心から感謝致しております。我が部が、その目標に忠実に歩み続けたことに感謝したい。最後に50周年ということは、ただ50年を重ねてきたと云うことではなく、現在の学校環境に、いま一度先輩各位 の50年間の歩みを振り返り、この年を新しい門出の年として、心を新たにすることに意義があると思います。立教高校ラグビー部の今後の発展と活躍を祈念してやまない次第であります。 |
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